私の年齢に近い方々であっても、もう60年前のことが忘れかけているのか
徐々に、軍備に向かって進めているように思われてならない。



 それは、60年前に、神と天皇、そして、取り巻きの政治家・軍人達に・・・。
私は60年前のことを忘れることは出来ない、
 (2008.5_yuuji)





2013/09/07 藤崎一郎  駐米大使
  憲法の解釈変更は許される_リンク 





 2013/09/06 丹羽 宇一郎 中国大使
   憲法の解釈変更は姑息 リンク





  2013/09/03_自衛隊という戦力は、憲法違反
2013/09/04_反論、改憲歓迎論には反対
 憲法は現実に即した条文に反論、
現実が不戦憲法を裏切ったへ _リンク



 

語りつぐ戦争 15歳で赤紙、手榴弾腰に震えた紙面で読む

 無職 川野名智(東京都足立区 83)

 当時の樺太の日ソ国境の町、敷香町で生まれ育った。終戦直前の1945年7月末、中学3年の私に陸軍から突然召集待機命令が、1週間後に召集令状が届いた。徴兵検査もまだなのになぜ赤紙が、とは思わなかった。「お国に奉公できる」と中学の作業着に陸軍2等兵の襟章を着け、喜び勇んで地区特設警備隊に入った。半数が中学3、4年生で、2年生もいた。

  ソ連参戦で北へ30キロほど移動した。30人弱の2個分隊で敵戦車の南下を阻止する作戦だ。工兵隊が橋を爆破後、川をせき止めあふれさせる。それでも渡ってきた戦車は、川岸の「たこつぼ」に身を潜めた兵士が手榴弾(しゅりゅうだん)で迎え撃つ――。

  せき止め作業後、支給された手榴弾2発を右腰に下げ、各自、自分が入る直径2メートルほどのたこつぼを掘り始めた。「前線休憩なし」で夜遅くまで。最初は隣の仲間と話もしたが、穴が深くなり周りが見えなくなった途端、急に体が硬直し、心臓が早鐘のようになり、あごもガクガク震え出した。「ここで終わるのだ」。孤独感と生命の危機の不安が一気に押し寄せ、どうしようもなかった。

  数日後、停戦の知らせが届き除隊。住民一斉退去中にソ連軍につかまり、1年4カ月抑留された。完全な負け戦になった後も15歳の少年にまで死を強いる戦争。二度とあってはならないと切に思う。

H25.5.21_朝日新聞「声」欄に

 ーーーーーー勇二の感想ーーーーーー

投稿者ほどの辛さ、怖さは少なかったが、東北の片田舎から小さい体に、小さない
心で、生活を余儀なくされていたこと、涙も出る余裕はなかった。

米軍機からの機銃掃射は、毎日のように参来してのこと、それはそれとして学生寮での食事は、大豆からの油を取り除いた「油かす」が主食であった(遂に私は「栄養失調症」に悩まされ病院へ)。





 H25.08.30 朝日新聞「 総合面 」より、元内閣官房副長官補
「個別的自衛権で十分対応できる」と
  個別的自衛権で十分 柳沢協二




 2013.5.2_政治家の間で改憲論議が盛り上がっている
読んでみませなんか、下記に
阪口正二郎さんが紹介
             憲法改正論 多数決で決められない





 2012.5.3_憲法記念日に考えさせられた3項
          h24.3.5_憲法記念日に へのリンク
         ロボットにならないで へのリンク
          pac3住民を守るためだったか へのリンク 




スペシャルドラマ「天声人語」(左の「坂の上の雲」クリックして)

 (まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている)の書き出しで、司馬遼太郎作「坂の上の雲」は始まる。その小さな国の開化に、琉球王国は呑み込まれていった。いわゆる琉球処分で沖縄県になってから、今年で130年になる

明治政府が琉球にこだわった大きな理由は「国防」だった。唱歌の「蛍の光」は、かつて4番まであり、「千島の奥も沖縄も、八洲の内の守りなり……」と歌われたそうだ。先の戦争では本土を守る「捨て石」にされ、戦争が終わると「太平洋の要石」になった。基地の島である

戦後、本土は憲法9条に守られる。しかし沖縄には異なる時間が流れてきた。朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、さらにはイラク戦争。基地を通じて戦争にかかわってきた。三つの世紀をまたぐ歴史の先に、いまの普天間飛行場問題がある

米側との「返還」の合意からすでに13年がたつ。県内移設を突きつけられた当時の大田知事は、「この狭い沖縄の、どこにそんな場所があるのか」と憤った。島の多くの人々の思いでもあっただろう

ラテン語の諺に「平和を望むなら戦争を準備せよ」とあるそうだ。顧みれば本土は、自らの平紺のために、戦後もずっと沖縄に「戦争の準備」の場であることを強いてきたのではなかったか

「平和を望むなら平和を準備したほうがいい」これは評論家の故・加藤周一さんが切り返した言葉である。沖縄の歴史と現実を沖縄だけのものとせず、考えを巡らせたい。考えの一つ一つが、ひいては「平和の準備」につながっていく。

09/12/10 朝日「天声人語」より


しかし、昨今の日米対応状況は、自民党政治から民主党政治に代わり、その改変が迫られている。
沖縄市民の「声」、社民党の「主張」に関しては、全くその通りと言わざるを得ない。米国の知識人の中には、その声を理解していることも聞いているが、米国の外交トップは、強い意見を発している。
だが、鳩山民主党はここが正念場です、どんな解決をするのか、を見守りたい。
沖縄市民に対して、何らかの応援をしたい。                      yuuji







2008.05.03_「憲法記念日」に当たって

 
  敗戦の日は遠くなり「新聞報道」も平和憲法に対しての記事は少なくなっている。今朝の「朝日新聞」では、一面に「鳥インフルエンザ」の記事が今日のこの日に掲載が、この記事は最終ページでも良かったのでは、と考えられる。
 しかし、「声」蘭にあった若い2人の下記メッセージに、読み入ることが出来ました。 
08.05.03 yuuji 
                

                    
                     真の自衛とは非軍事の貢献

                                      大学生 村田 昇洋 (立川市 19

 私は法学部で学んでいるが、航空自衛隊のイラク派遣をめぐる名古屋高裁の違憲判決を評価したいと思う。

 憲法9条は単に武力行使や戦力の保持を禁止しいるのではなく、国際紛争の解決や自衛の手段として軍事力の行使を禁止し、外交などによって解決すべきだと言っているのではないだろうか。

 つまり憲法が想定している国際貢献とは、非軍事の国際責献であると私は考えている。

 世界最大の軍事国家である米国でさえ911のようなテロが発生した。イラクに派兵しても、いまだにテロが絶えない。無関係なイラク市民が米軍の攻撃によって殺されてもいる。恨みの連鎖はどこまでも続き、武力によっては真の解決は望めないことを示している。

 日本の役割は右に倣えと自衛隊を派遣するのではなく、武力によらない解決のために率先して努力することではないか。そして、非軍事の国際貢献によって攻められない国を作ることこそ、真の自衛となると思う。

08.05.03 朝日「声」

                    
                    何があっても戦争なくそう

                                      大学生 樋口瑤子 (大津市 22

 久しぶりに中学の社会の教科書を広げてみた。「日本国憲法」のページに私はたくさんの線を引いていた。

 社会の時間、先生がいつもより真剣な表情で第9条について教えて下さった。「武力の行使は永久に放棄」 「戦力は保持しない」とチョー名で大きく黒板に書かれた。恥ずかしがりの先生が教室の雰囲気が変わるほど真剣な表情で「君たちにとってはまだ難しい文章かもしれない。でも、とても大切なことなんだ。たとえ何があろうとも、戦争と

いうものをなくさなければならない」と言われたことを覚えている。

 ところが、自民党の新憲法草案は「自衛軍」の保持を明記している。草案を作った人たちは先の大戦の悲劇を忘れたのか。現在も世界各地で起きている紛争を忘れたのか。なぜ親から授かった尊い命を無駄にしなければならないのだ。

 私は絶対に戦争と改憲に反対だ。クラスター爆弾もイージス艦も核兵器もすべてなくして本当の平和を未来へ贈りたい。

08.05.03 朝日「声」

 裁判員制度がいよいよ

「プロの世界」に閉ざされていた刑事裁判に、私たち市民が参加する「裁判員制度」が、いよいよ来年5月21日(木)から施行することを、法務省が発表したことを今朝の新聞が報じていました。

 「新潟県弁護士会」を始め、日弁連の宮崎会長も「世論はどうか」とのことから、「制度にとまどいがある」など「時期が熟していない」ことの報道がなされている。

 しかし、どうして急いで実施に踏み込んだのだろうか、鳩山法務相は、「6割の賛意があれば制度が成り立つ」とのことだが、(この6割は最高裁の調べ)果たして正しい数字だろうか、疑問を抱くのである。

 ランダムに抽出された方は、本当にその裁判に関わり合って、自信をもって「判決」に挙手ができるのでしょうか。「私にはできない」のです。

 現在の制度で専門家が行っている判決にも冤罪が生じています。ましてや素人の私たちに、事の内容を理解して、そのことを進めることは、可能でしょうか。

 裁判員には日当上限1万円と交通費が支給されることも分かりました。しかし、この上限1万円に目の眩む方も居るとの噂も。

                                         
08.04.09  yuuji 




※ 国民投票法の骨子と、その流れは朝日新聞から

        憲法改正の手続きを定める「国民投票法案」      07.05.15

 憲法改正の手続きを定める「国民投票法案」が 07.05.14 11:45  に参院本会議で12299の差で可決されてしまった。

 この122票の中には、平和の旗を掲げていた筈の「創価学会」それに民主党の1議員が入っていた。

 <国民投票法の骨子>

<投票テーマ> 憲法改正に限定

<投票年齢> 
18歳以上。3年以内に公職選挙法などを改正し、選挙権も18日歳以上に

<周知期間> 
憲法改正案の国会発議から60日以降180日以内に投票を実施

<広報> 衆参各10人で構成する「国民投票広報協議会」を国会に設置。公報などを作成


<国民投票運動の規制> 
公務員の政治的行為を制限する公務員法制上の規定を適用。賛否の勧誘や意見表明が制限されないよう3年以内に法整備。公務員・教育者の地位を利用した賛否の勧誘を禁止

<広告規制> 
投票14日前からテレビ・ラジオによる広告を禁止

<施行時期> 
3年後、施行まで衆参両院の憲法審査会は改憲案の審査・提出をしない


 そして、自民党の改憲案による第9条の2項は


 A 前項の目的をたっするため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国民の交戦権は、これを認めない。の現憲法が
                  

 A 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を  最高指揮権者とする自衛軍を保持する。

 になっています、恰も戦前の「国際連盟脱退」時に後戻りするかのようです。現憲法では、「日本国民は」として、主語になって書かれていたものが、国及び国民の安全を確保」 国があってその後に国民がとなりそうです。

 07.05.15の朝日「天声人語」に次のようなことが書かれていた。

 「かくれんぼに飽き、おにごっこに疲れた昔の子どもたちは、両者の面白さを併せ持つ「缶蹴り」を考えついた。ルールは地域や世代によって異なるものらしいが、決めたその場で先ず1回これが子ども遊びの楽しさだ、と。

 憲法改正のための「国民投票法」が昨日成立した。どうしても、1日も早く国民投票という缶蹴りをしたくて、安倍君と仲間がきめたルールである。

 国民投票それ自体、憲法改正の是非という、より大きな決定を問う決まりごとだ。それも、国民の発議を受けて国民が判断を下す、最後にして最重要のルールである。・・と。

 そして、この「缶蹴り」競技に「参加者」が少ないようなきがする・・・・・とも。


 しかし、本当に「参加者」が少ないのなら結構だが、昔を忘れかけている「ボケかけの老人」を良く見かけ、また、安倍君のマスクに胸を・・・・のご婦人方も多いのだが、       yuuji

























                         07.01.13  朝日「私の視点」(ウイークエンド)から

                         憲法9条、「理想論」で悪いのか

                                                              平川 克美 リナックスカフ工社長

 国論を二分するような政治的な課題というものは、どちらの側にもそれなりの言い分があり、どちらの論にも等量の瑕疵があるものである。そうでなければ国論はかようにきっぱりとは二分されまい。論を分けた郵政法案の場合も、施行60年を迎えて近頃かまびすしい憲法の場合も、重要なのはそれが政治課題となった前提が何であったかを明確にすることである。

    政治は結果であるとはよく言われる。仮に筋の通らぬ選択をしたとしても、結果において良好であればよしとするのが政治的な選択というものだろう。ただし結果は結果であって、希望的な観測ではない。

    米国のイラク介入の結果を見るまでもなく、しばしば自分が思うことと違うことを実現してしまうのが、人間の歴史というものである。

 その上で、憲法改正の議論をもう一度見直してみる。戦争による直接の利得がある好戦論者を除外すれば、この度の改憲問題は反対派も賛成派も平和で文化的な国民の権益を守るという大義によってその論を組み立てている。

 9条をめぐって、 護憲派は、広島、長崎に被爆の体験を持つ日本だからこそ、世界に向けて武力の廃絶を求める礎としての現行憲法を守ってゆくべきであると主張し、

    改憲派は、昨今の国際情勢の中で国益を守るには戦力は必須であり、集団的自衛権を行使できなければ、国際社会へ応分の責任を果たすこともできないと主張する。

 なるほど、どちらにもそれなりの正当性があり、等量の希望的な観測が含まれている。しかし、将来起こりうるであろうことを基準にして議論をすれば、必ず両論は膠着することになる。

 では、確かなことはないのかといえば、それは戦後60年間日本は一度も戦火を交えず、結果として戦闘の犠牲者も出していないという事実がこれにあたる。政治は結果と効果で判断すべきだというのであれば、私は、この事実をもっと重く見てもよいのではないかと思う。これを国益と言わずして、何を国益と言えばよいのか。

 「過去はそうかも知れないが、将来はどうなんだ」と問われるであろう。現行の憲法は理想論であり、もはや現実と乖離しているといった議論がある。私は、この前提には全く異論が無い。その通りだ。
 確かに日本国憲法には国柄としての理想的な姿が明記されている。理想を掲げたのである。
 そこで、問いたいのだが、憲法が現実と乖離しているから現実に合わせて憲法を改正すべきであるという理路の根拠は何か。

 もし現実の世界情勢に憲法を合わせるのなら、憲法はもはや法としての威信を失うだろう。憲法はそもそも、政治家の行動に根拠を与えるという目的で制定されているわけではない。変転する現実の中で、政治家が臆断に流されて危ない橋を渡るのを防ぐための足かせとして制定されているのである。当の政治家が、これを現実に合わぬと言って批判するのはそもそも、盗人が刑法が自分の活動に差し障ると言うのに等しい。

 現実に「法」を合わせるのではなく、「法」に現実を合わせるというが、法制定の根拠であり、「法」に敬意が払われない社会の中では、「法」はいつでも「理想論」なのである。

   著者 : 50年生まれ。著書に「9条どうでしょう」(共著)

   平川 克美さんのこの解説、そして、クリスチャンの西川 重則さんから伺ったお話
   (07.01.13)は非常に近い内容であった。
   西川 重則さんの視点は靖国であったが、小さな子供達に焦点を定めてのお話に、
                   心が動いた。     (yuuji)

06.08.25  「声」 
    靖国肯定論に 看過できぬ点

                                    会社員 町田 信男
                                    (神奈川県相模原市 56

   「首相の参拝に 私は感謝する」 (22日)を読んだ。先の大戦で亡くなられた方々を弔うのは遺族の方、われわれ国民一人一人にとって当然のことであり、何も反対するものではない。し
かし、いくつか看過できない点があった。


 まず、「合祀されているわずか十数人のA級戦犯については無視し、首相は不戦の誓いを」とあった点だ。この戦争を指導し、アジアの多くの国々及び日本をあのような惨禍に陥れた責任者は、
このように軽く片付けられるものだろうか。

 また「靖国問題を中国、韓国、マスコミはそっとしておいて欲しい」ともあった。靖国神社はある意味で日本の大陸進出の象徴でもあった上、A級戦犯まで合祀している。長年の植民地支配、飽くなき大陸侵攻に苦しめられた両地域の国々が、小泉首相の参拝に異を唱えるのはむしろ当然だ。

 平和とはお互いの立場を思いやり、理解を深めながら共につくり上げでいくものであり、自国だけの独りよがりで決して得られるものではない。
またわが国にとって思い出したくない過去であっても、一つ一つを真摯に見つめ、歴史に学んでいくことが、将来に同じ過ちを犯さない道と私は信ずる。

    

06.08.28  「声」 


                  指導者と国民戦争責任は別


                    主婦 山下 賦沙子
                 (東京都杉並区  70歳)

「賛成できない 分祀での解決」 (20日)を読みました。
先の大戦は「自存自衛の側面があった」と言われるが、中韓を始めとするアジア諸国で行ったことは侵略で、日本が攻められたからしたことではないのです。

 また、「戦争指導体制は天皇を頂点とした合議制で、国民はそれを受け入れたのだからA級戦犯のみの責任とは思えない」との見方も、「一億総ざんげ」論に通じます。

 しかし、国のため天皇のため命を捧げるよう教育され、仕向けられた一般国民と、戦争を決め遂行した政府・軍部の戦争指導者の責任は同列ではないはずです。

  国民を戦争に駆り立てる国の教育方針の担保となったのが、「死せば英霊として靖国に祀られる」ということでした。食糧も水も  武器も補給されず、しかし、降伏も許されず無念の思いで死んでいった多くの兵士。沖縄戦、広島、長崎の原爆投下による多数の住民の無残な死。これらの実態を思えば、戦争を徒に長引かせた指導者の責任も看過出来ません。

   靖国神社論議はさまざまな視点からされていいと思いますが、戦争責任をあいまいにするような論には到底賛成できません。   












    「日本無罪論」 パルの真意は


 東京裁判で全被告に無罪を主張したインド代表判事パルは、日本の戦争責任を否定する論者にとって、ぼとんど神格化された存在だ。彼の意見書は「日本無罪論」とまで言われる。しか
し、故国インドでの彼の歩みをたどってみると、異なる姿が浮かび上がってきた。

 パルは、国際法を厳密に適用しようとする学問的良心と、自分たちの植民地を手放そうとしない西欧帝国主義に対する批判精神をともに抱えた理想主義者だった。彼の本意は、日本の軍
国主義の正当化にはなかった。


戦後日本の歴史認識を問い直す年間企画「歴史と向き合う」は、きょうから始まる第2部で、パルを皮切りに戦争責任の問題を取り上げる。

 引き続き、史実解明が進みつつある昭和天皇の責任問題、戦時下メディアとして戦争遂行に協力した朝日新聞を検証する。

 歴史と向き合う   は、 06.07.12  朝日朝刊
                             第2部の 151617面に


   ☆ 皆さん、朝日を読み返しましょう。


 15面には、アジア主義 ねじれの悲劇、インドのアシス・ナンディ氏
      国際法にも限界がある、    京大名誉教授の安藤仁介氏

 16面には、パル意見書とは(記者が)
       昨年 靖国神社にパル氏の顕彰碑が 
       来日3回 最後は叙勲も
       「歴史のつまみ食い」続く

 17面には、独立独行 判事をインドに追う(記者が)
         勝者の犯罪 不問を批判
         
 軍国主義は正当化せず
         
 残した足跡 次第に遠く

      彼にとっては「日米同罪」、
「中村屋のポーズ」著者
                        中島 岳志氏



     
天声人語







「ある意味で、彼の残りの人生は、しょく罪のようなものだった」。第二次世界大戦中、米国の原爆開発計画に加わった物理学者ウィリアム・シャークリフさんが先月、
97歳で死去した際、息子のアーサーさんが述べた。「広島と長崎への原爆投下の後、彼はそれを自分が支援してしまったことに、ほとんどぞっとするぼどの恐ろしさを感じていた」 (ニューヨーク・タイムズ紙)

▼あのアインシュタインは、ルーズベルト米大統領に対して原爆開発を促す手紙に署名したことを、後に深く悔やんだ。シャークリフさんは技術情報グループ長などを務めた。実際に開発に携わった人が抱いただろう「取り返しがつかないことをした」という悔恨がうかがえる

▼シャークリフさんは、80年代にレーガン政権が掲げた戦略防衛構想(SDl、スター・ウォーズ計画)に反対していた。敵から飛来するミサイルを迎撃する構想だ

▼その現代版とも言われるミサイル防衛(MD)システムの前倒しの配備を、防衛庁や存日米軍が検討しているという。北朝鮮のミサイル発射がきっかけだが、有効性だけでなく、憲法が禁じる集団的自衛権の行使との絡みなど課題も多い▼確かにミサイル発射は脅威ではある。「たたかれる前にたたけ」といった思いもあるだろう。しかし「必ずたたかれる」と、誰がどう判断するのかすら不明だ。専守防衛という戦後日本の基本姿勢が崩れる恐れもある

 06.07.12 朝日朝刊 

     ◎ 困ったことを官房長官が発言した、憲法の九条も、外交も何も
      「無」になりそう。60年前に戻るのか  yuuji












































 

  ◆ 陸自撤退ハンスト・リレーは継続する 
                             陸上白衛隊のイラク・サマ


                                                                           

 陸上自衛隊のイラク・サマワからの撤退が正式に発表された。しかし、航空自衛隊は輸送支援の活動をさらに継続・拡大するという。平和憲法を踏みにじって、自衛隊が戦争にコミットしているという事実に変化はないということだ。

 振り返れば、陸上自衛隊の本隊などに対し、国民世論の 反対を押し切ってイラクに派遣命令か出されたのが
04126日。その日の正午、私は仲間の劇作家やオペラ演出家、写真家ら9人に呼びかけ、派遣に反対の意思を表明すべくリレー式のハンスト・マラソンをスタートさせた。

 以来、2年と5カ月、約900日間、「ガンジーの会」という名の下、「非暴力」と「無党派・無宗派」の原則に立ち、ハンストは1日、1時間、1分、1秒の途切れもなく続き延べ2500人を超える一般市民が全国各地から参加してきた。

 ハンスト・リレーは、インター、ネットを通して参加を表明した人が、お昼の
12時から24時間断食を続け、翌日の12時に次の参加者にバトンタッチ。毎日、24人がレギュラー・ペースで参加し、とにもかくにも2年半続けてきた。

 「断食」という具体的行動を伴った、複数市民による「不承認」の意思表明として、持続させてきた時間の長さと参加者の広がりの点で、日本のみならず世界でも前例のない市民による抵抗行動であるといっていいだろう。

 それにしても、なぜインドのガンジーのように、死をも辞さぬ覚悟で行う無期限の長期・単独ハンストでなく、リレー式のハンストなのか?その理由は、家庭の主婦やお年寄り、身体に障害のある方や、地方で生活されていて街頭デモや集会に参加できない人々が、日常的な生活を続けながら「ノン」の声をあげることができる「場」を、インターネットを通して構築したいと思ったからである。

 私としては、街頭デモや集会といった一過性の抗議行動とは別に、「持続志向」の新しい市民の抵抗運動の可能性を提示したかった。それと、あの太平洋戦争の時代にあって、戦争の「悪」を徹底して指弾した作家、永井荷風の「非戦」の思想にならって、最初から最後まで「ノン」と言い続けた日本人が、少数ではあるものの存在した事実を歴史に刻みたいという気持ちも強くあった。

 私たちは自衛隊のイラク派兵に反対するかたわら、9条を日本の国家理念として守りぬくために今年の29日から毎月、月初めの9日を「9の日・9・ハンスト・イン」と定め、一斉ハンストを行ってきた。これには毎回3040が参加、「九条の会」の発起人の一人、鶴見俊輔氏にも参加していただいた。小泉首相は撤退を発表した記者会見で、「国連決議に基づいてイラクに対し行った様々な措置は正しかった」と語った。こうした強弁とも思える言辞から見えてくるのは自衛隊の海外派遣を既成事実として認めさせ、9条をなし崩し的に骨抜きにしようというねらい、あるいは本音である。

 その意味でも、私は陸上自衛隊がイラクから撤退した後も、平和憲法の永久護持が保障されるまで、これまで通りリレー式のハンストを続け、「9の日」の一斉ハンストも続けていく覚悟である。

   ◇
 文芸評論家        末延 芳晴
            4
2
年生まれ。著書に「荷風のあめりか」
                   「荷風とニューヨーク」など。

             
06.06.24  朝日 「opinion news project」に




天皇の第一章 削除提案する
                       主婦 佐藤 ゆき子
                     (岩手県奥州市 65歳)
 

 近頃、憲法改正の論議がかまびすしい。私も改正にくみしたい方だ。ただし私の場合は、論議の沸騰している第29条ではなく、第1章の「天皇」を削除する改正を提案したい。

 「日本国の象徴」などという、とらえどころのない地位に就けさせられた天皇の時代となって、既に約60年が経過した。現憲法が公布された当時は、占領側の連合国軍総司令部(GHQ)との駆け引きや、様々な思惑も絡み合い、現行の体制に着地点を見いだしたのだろう。

 けれども、旧憲法を知る世代も少なくなった今日、天皇制の是非を国民的課題として見直すべき時期にきている気がしてならない。折から皇室典範改正も取りざたされ、女性天皇についての議論が避けて通れない局面を迎えてもいる。果たして現在のような制度のあり方に打開策はないか、検討を深める必要がある。

 先の戦争に鑑みても、事あるごとに天皇の名を借りて軍部が横暴を行ったことがあった。昨今の日の丸や君が代の強制や、愛国心をめぐる動きに不穏なものを感じる。平和をうたう9条には手を付けず、むしろ第1章の削除を願う。

 

                    06.05.03  朝日朝刊 「声」覧に




           
格調の高さに胸を張ったが

                     無職 橋爪 志津乃
                   (東京都小平市 87歳)

 

 「大日本帝国」 「神の国」が一気に崩壊した、その真っただ中に私はいた。

 精神は「忠君愛国」、天皇は神様、戦争は聖戦と決.まっていた。それが「侵略戦争」と知った時、私は胸を撃ち抜かれた空洞人間になってしまった。激しい怒りを感じながら、その怒りをぶつける資格のない悲しみと情けなさで、食事が喉を通らなかった。

 私たち国民学校の教師は、軍国主義の教科書に墨を塗らせた。その時私は、教師失格
を自認して教職を辞した。
61年後の今、改憲の動きが強まり、あの時の記憶が昨月のことのようによみがえってきた。「あの墨塗り教科書で消した部分が、まだ生きている」平和憲法施行の際には、その格調の高さに「これこそ人間の生きる道」と胸を張る思いがした。特に9条の戦争放棄については、誤った国策への反省と、犠牲になった方々に対する良心の証しだと感じた。それは長らく国民の間に定着するものとばかり思っていた。

 それが何と、20036月には有事3法が成立。参院では議員の8割以上が賛成して可決したと聞き、血の気が引いた。死守してきた平和が音を立てて崩れていくようで、頼みの綱はもはや9条だけだ。

  9条は世界に誇る日本の心だ、これが政治家には分からないのだろうか。

                                      06.05.03 
朝日朝刊 「声」覧に





           
        天皇の第一章差別の権化だ

                     無職 藤城 高光
                   東京都練馬区 80歳)

 「天皇の第1章 削除提案する」(3日)は、誠に我が意を得たりの気持ちだった。私は現憲法を、平和・自由という理想を高らかに歌い上げた点を評価する。一方、第1章で「象徴」として実質的に人の上に位する天皇を認めた点で、誠に玉石混交の不完全な憲法であると常々思っていた。

 滑にするためだと思う。皇国史観に洗脳された迷夢からまだ完全に覚めぬ日本人を統治するため、「天皇を認めた方がよし」とする便宜的発想だと
える。

 それは平等で民主的な思想に全く反する。真の民主主義社会を育てていくためには、戦後数年で解消すべきだった。

 そもそも天皇といえども、我々と全く同じ人間であり、神などではない。戦後、民主化した日本に、人の上に位置し続ける理由は何もない。皇室典範の改正が議題に上がった今、差別の権化ともいえる天皇条項を憲法から削り、天皇一家や皇族は自ら働き納税し、人間らしい生活をすることを強く望
む。

                        06.05.19  朝日朝刊 「声」覧から


見方、考え方によっていろいろなご意見があるものです。
下記は、21歳の若い方の主張
「天皇制は文化」だ、と言っていますが、逆に文化を阻害した遺産では?
戦争によって、亡くなられた方、苦しまれた方
「天皇制」の為ではなかったでしょうか。


皇室制は文化 今後も守ろう

                     大学生 藤井 昌司
                   (千葉県印西市 21歳)

 「天皇の第1章 差別の権化だ」 (18日)に反対夢見を投じたい。

 現憲法に天皇に関する条文が盛り込まれたのは、確かに連合国軍総司令部(GHQ)による政策の一部だろう。現憲法が日本人の手によるものでない点も確かに「不完全な憲法」であると、私も思う。

 投稿には、天皇を憲法で認めたことが「平等で民主的な思想に全く反する」とあった。では、英国はどうなるのか。議会制民主主義の発祥国であり、代表的な民主的国家だが、王室を有する。スウェーデンやノルウェーなどの北欧諸国も同様だ。特にスウェーデンは、我が国の憲法と同じく国民主権を明記しっつ王室を有する国だ。日本だけが特異なわけではない。

 そもそも問題は、一人の人間に主権が集中すること。主権が国民にある今の日本で、天皇・皇室を有すことは、何ら民主主義に反するものではない。

 先の大戦で、天皇は軍部の独走を許す口実として利用された。だが、私は天皇と皇室制度は今後も守っていくべきだと考える。戦前の負の歴史を認めたとしても、価値ある文化遺産として、我が国は今後も皇室制度を守っていくべきだ。

                           06.05.24  朝日朝刊 「声」から


藤井さんは、「天皇は軍部の独走を許す口実として利用された」ことが
どんなことになるかを
理解していない、さらに、実感していない。

この方は「文化の語意」を・・・「そんな気がしてならない」



天皇制は今や時代遅れでは

                       無職 石黒 寿夫
                       (新潟市 73歳)

 「外国には君主制の国もあり、天皇制は一つの文化だから守りたい」との投書があった(24日)。私は賛成できない。確かに、天皇制によって、官廷文化が花開いた時代があった。が、近代以降はその弊害がひどくなり、時代の進歩を妨げる制度となったと思う。

 戦争は、天皇の命によって行われ、反対する者は弾圧された。学 本欄で天皇制の是非の意見が載るようになった。戦前は到底できなかった議論で、戦時中に義務教育を受けた者として感慨無量だ。問や芸術、文化の研究の自由さえ奪われ、神格化された天皇や国家体制に対しての異議申し立ては許されなかった。l部の者によって悪用されただけというわけにはいかない。「文化」と呼ぶには時代遅れの制度と言わざるを得ない。

 天皇制は、象徴制であろうと、人間差別の制度である点も見逃せない。だからこそ、かつては多くあった外国の君主制も次第に姿を消すか、存在が議論されるかしている。

 現憲法の改正論に第1章を取り上げるのは、意義あることと思う。

                      06.05.30  朝日朝刊 「声」

 





「教育基本法」の改正が叫ばれ、与野党の議員が、そして、マスコ
ミが改正案をめぐって
「愛国心」についてのやりとりが行われている。
「教育基本法」は、47年に施行されて以来60年近くにわたり、改
正されていない「教育の憲法」である。

そこで、朝日の「opinion nows project」載った記事で、
三者三論に目をむけてみよう。



やはり「国を愛する心は」上から押しつけるものではない。
「そんな気がしてならない」。




江川 達也氏・鈴木 謙介氏・雨宮 処凜氏3名の論です。
                                                                                                                     































歴史と「足ること」を知れ

                      えがわ  たつや
                      江川 達也氏 漫画家


 いまの日本の若者は、「国をどう愛し、どう守るか」なんてことを、まじめに考えることはないだろう。だが、それも致し方ない。日本では60年以上にもわたって戦争もなければ、国際テロリストの標的にもなっていない。イラクに自衛隊を派遣しても、目の前で戦闘が行われているわけではないから、所詮ひとごとだ。

 そうなった最大の原因は教育である。明治時代からあれほど諸外国と戦っておきながら、戦争、国防、そして国家の意味をきちんと教わってきていない。だから、考えようにも考えられないのだ。

 僕らの世代は、アメリカのマインドコントロールのもと、左翼教師から「戦前の日本はひどい国だった」と教えられ、自分たちの歴史を糾弾る教育を受けてきた。たとえば、竹島や尖閣諸島の問題に関心を持つと、反社会的なレッテルを張られてしまう。

 だから、何も考えない方がうまくいく「処世術」がすり込まれてきた。政府にすり寄り、大企業に入る「出世主義」のことである。

 戦前の日本は、日露戦争のころまで、自立した国に足りるだけの外国戦略を考え、実行していた誇りのある国だった。それが、愛国心がねじ曲げられ、日中戦争そして太平洋戦争になり、屈辱的な極東軍事裁判を受けた。戦争に勝っているときでも、自分たちの限界点を理解し、どうやって終わらせるかが、戦略的・自立的な外交であり、まさに愛国である。「勝っている国でないと愛せない」と、妄想的になったのが間違いだ。

 戦後も同じことを繰り返している。バブル経済だって、いつかは途切れるのに、どんどんいって、伸び切って失敗した。「足ることを知る」。こうした原理原則を学び、それに沿って行動していれば、失敗しなかった。

 男女の関係もそう。お互いをよく知らないくせに、「私はこの人を愛しています」というけど、だいたいそういうのは、ダメになるパターン。どんな事実が目の前にあっても、目をつぶるようになる。いやなところも何もかも知る。それでも愛せるのが、本当の愛である。

 国を愛したいのであれば、まず「知」を愛する心を持たないと危険だ。そのためには過去の歴史に学ぶことが必要。さんざん知り、自発的に物事を考えることができるようになれば、自然と、正しい愛する心が生まれてくる。欲をなくす愛国心もあることがわかる。若い人が歴史に興味を持ち、主体的に考えるようになってほしい。僕が「日露戦争物語」を書いている理由は、まさにそこにある。

 こうした準備もなく、国を愛することを教えると、他人に依存したり、自分のエゴを増大したりすることに免罪符を与えてしまう。

 愛国教育といっても、そもそも今の先生は、「日本人のノーベル賞受賞者は何人」「荒川静香よかったね」「尖閣諸島は返してはいけない」といった、短絡的なことしか教えられないんじゃないか。論理的に学ばなければ、「中国はむかつくから攻撃だ」などと言うだけの、マインドコントロールにかかった稚拙な人間に育ってしまう。

 だからこそ、勉強の動機は競争ではなく、学問の喜びを感じさせることが大事。僕も教師をしていたことがあるが、「先生の言うこと、違うんじゃないの」とか、わざと矛盾したことを言うような生徒が、もっと増えてぼしいよね。

                      (聞き手・深津弘)

  江川 達也氏の略歴
   61年生まれ。中学校の数学教師を経て漫画家に。「東京大学物語」「日露戦争物語」「源氏物語」など。

      06.05.19  朝日朝刊 oplnion news project

































ピーク過ぎたネット右翼

             すずき けんすけ
          鈴木 謙介氏 国際大学グローバル・
                   コミュニケーション・センター客員研究員


 「若者の右傾化」を象徴する存在として近年、「ネット右翼」が注目されている。ネットで、中国・韓国をけなしたり「左翼メディア」をちゃかしたりする人々だ。

 彼らは、北朝鮮や韓国、中国が日本の戦争責任を指摘するたびに猛反発し、朝日新聞などの「弱腰」で「進歩的な言説」を馬鹿にし合う。

 確かに彼らは、愛国心に燃える右翼集団に見えなくもない。だが本質は、右翼というよりは「左翼嫌い」だ。より正確に言えば、「マスコミに流通する言葉が優等生的な言説ばかりであることにいらだっている」集団である。

 だから彼らが国家主義を目指していると考えると、認識を誤る。彼らの多くはメディアの言説が「左」に傾き過ぎていると感じ、バランスを取ろうと考えているのだ。

 ネット右翼が台頭したきっかけは日韓共催のサッカーW杯(02年)だ。「韓国人に日本がどう見られているか」に関する情報が大量に流入し、日本が批判されていると知った人々の中から「日本のメディアは韓国に甘い」との反感が噴き出した。

 とはいえネット右翼現象は、すでに沈静化に向かい始めたように見える。おそらく、「韓流ブーム」のアンチとして昨年出版された「マンガ嫌韓流」のブームあたりがピークだったのだろう。

 彼らが活動から降り始めた理由の一つは、百本が石に傾き過ぎた」との意識が生まれたためだろう。彼らの多くは、そもそも右傾化を目指していたのではないからだ。

 また彼らは既存の政治運動を嫌い、ネットという新メディアで「草の根」活動をしようとした。だから実際にビラまきなどの具体的な政治運動に触れると、違和感を覚える。現実に近づくぼど、バランスを叔るという動機とのギャップが見えてくるのだ。

 ネット右翼的な現象が今後、強力な国家主義運動に発展する可能性は小さいのだが、だからといってこの現象が無害だとも思えない。

 「韓国はうるさい」とあからさまに他国を侮蔑したり、「竹島に自衛隊を送れ」と極端な強硬政策を主張したりする言説がタブーではなくなった。こうした主張が積み重ねられることで、世論が変質する可能性はある。他国に対する極端な強硬政策を打ち出す政治家に、暗黙の承認を与えてしまうかもしれない。

 それを防ぐには、あたかも左翼と反左翼しか存在しないかのような、不毛な国家論の現状を打開せねばならない。手がかりとして私は、愛国心を憲法や教育基本法に書き込むことをあえて提唱したい。「愛国心は危ない」という結論ありきの議論は、反左翼のせきずい脊髄反射的な批判の「燃料」にしかならないからだ。

 ただし、ここで言う愛国心とは、「愛国者でなければ売国奴だ」というような排除の論理のことではない。

 社会のメンバーを誰も排除しないための愛国、平等を目指して人々が幅広く連帯するための愛国−そのような愛国を機能させるためのきっかけとして、今回の愛国心論議を生かせないか、と思う。

 たとえば近年、経済的格差の拡大が言われるが、愛国者なら同胞の貧困は放置できないはずだ。「負け組」や地方を排除するか、同胞として見捨てない道を進むか。自民党の愛国はどちらだろう。またその愛国は外国人を排除するだろうか、しないだろうか。

 国家や愛国をどう規定するかについ国民が考える。そのような作業が求められている

                            (聞き手・塩倉裕)

 鈴木謙介氏の略歴
76年生まれ。専攻は理論社会学。著書に「暴走するインターネット」「カーニヴァル化する社会」など。

             06.05.19  朝日朝刊 oplnion news project
































   国家依存心利用しないで
                               あまみや かりん
  
                            雨宮 処凛氏    作家

 20代前半のころ、私は熱烈な「愛国主義者」だった。右翼団体に入り、街宜活動では「悪法改正」や「国家転覆」を叫んでいた。「若者は経済優先の戦後社会の犠牲になっている」。右翼の人たちの主張はわかりやすく、集会で「どうすれば古き良き日本を取り戻せるか」と国家の姿を論じていると、自分が社会に影響を与える「何者か」になれたような気がした。

 当時、現実の私はフリーターだった。中学生の時はいじめに遭い、高校時代はリストカットや家出の繰り返し。学校や社会から排除され、無力感の中で生きる意味を見いだせずにいた。そんな私の心を殖やし、村会へ仁反発心を滞たしてくれたのが、右翼の人の言葉だったのだ。

 いま、私は右翼思想に頼らなくても、生きづらさを感じなくなった。活動をきっかけに石から左、宗教家まで多くの人に出会い、自分の居場所を見つけられたからだ。だが、社会は私が右翼に傾倒していたころよりも保守化し、右傾化が進んでいる。学校現場では国旗掲揚や国歌斉唱の動きが強まり、国会では愛国教育が必要だと教育基本法の改正が議論されている。「強い国」を求め、こうした動きを支持する若者も多い。

自信を失った人たちが「国家」にすがっている

 強い日本を求めるのは、弱い自分の裏返しだ。家庭や学校や職場には裏切られたが、国家は新しい居場所を提供してくれそうに思える。インターネットで情報を検索し、都合のいい歴史をつなぎ合わせれば、理想の国家像を作り上げるのは簡単だ。国が強くなれば、フリーターやニートと呼ばれる自分も、強国の国民としての誇りとプライドを持てるかもしれない。

 生きづらい社会の中で、悲しい希望が愛国に向かっている。それは、かつての私自身の姿に重なって映る。私は彼らを否定できないし、やめろと言うこともできない。

 とはいえ、社会的に力を持つ人たちがその流れに乗り、自分たちに都合のいい教育制度を作り上げようとする動きは容認できない。学校現場の荒廃を食い止めるために愛国教育が必要だと主張する人がいるが、冗談ではない。

 尊敬できない教師から、形式的な愛国思想を押しっけられる子どもは、いら立ちのはけ口をいじめに求める。愛国心という新しい物差しは、クラスの異端者の排除にはうってつけだ。より閉塞感が強まり、荒廃はさらに進むだろう。特定の思想を強制するのではなく、授業に多様なゲストを招き、様々な価値観を伝え、居場所を見つける手助けをすることこそが必要だ。

 さらに大きな不安もある。私は992月から5回にわたって北朝鮮を訪ね、平壌のエリートと話をした。情報統制下で国が用意した価値観を信じ、愛国に燃える彼らはある意味で幸せそうだった。

 日本では自由に情報を得られるので、いかに愛国教育が強まろうと、社会全体があの国のよう
になるとは考えられない。しかしながら、学校という特殊な閉鎖空間ではどうだろう。国旗への
敬意を強要され、大声で国歌を歌わされ、愛国心を学ばされる子どもたちが、洗脳に耐え切れる
と断言できるだろうか。

 先日、フリーターの待遇改善を求めるデモに参加した。国や企業にもの申す若い人の姿に、沿道の多くの人が共感してくれた。国に依存するのではなく、国を変えるために自ら動く。こうした若者が増えれば、少しは生きやすい世の中になるのではないか。

                       (聞き手・林恒樹)
    雨宮 処凛氏の略歴
   75年生まれ。元愛国バンクバンド「維新赤誠塾」ボーカル。著書に「戦場へ行こう!!「すごい生き方」など。
            06.05.19  朝日朝刊 oplnion news project






戦 争 は 総 括 で き た の か




ジョン・ダワー氏について

 氏は1938年ロードアイランド州生まれ。
米国の歴史学者である。専攻は、日本
近代史。占領時期、日本を複雑な可能性に満ちた空間として描いた「敗北を抱きしめて」で、00年にピュリッァー賞を受賞。ほかに「吉田茂とその時代」「容赦なき戦争」など。

   また、ジャン・ユンカーマン監督による映画「日本国憲法」に出演
「すべての戦争は自衛の名のもとで行われている
と話している。                    (私は、この映画を見ることができました。yuuji )


06.05.26  朝日 opinion news project
(以下、聞き手は 三浦俊章氏(朝日 論説委員))

外国の方が戦後の日本を見てのコメントです。
私たちはもっと冷静に考え、行動しなければならない。  yuuji

−裁判の欠陥は、日本の過去を正当化する理由にはならないということですね−

「戦争責任は、東京裁判の問題よりも、もっと大きな問題なのです。しかし、東京裁判の問題は、そうした責任をあいまいにしてしまったことです。米国は占領を円滑にすすめるために、昭和天皇を利用しようとして、訴追しなかった。

   当時の日本の保守派の間ですら、天皇免責はおかしいとする意見がありました。天皇の名の下に行われた戦争で、天皇が免責されたら、戦争責任をどう考えたらよいかわからなくなります」

「東京裁判」を評価できない点は−

「裁判が『勝者の裁き』であったのは、事実です。日本もドイツも、空襲で民間人を殺した罪を問われませんでした。それは、連合国側も空襲をしていたからです。
また、米国の原爆投下は裁かれませんでした。歴史事実の問題でいえば、判決が認定した
1928年から日本の指導者が戦争の共同謀議をしていたという説を受け入れる歴史家はいません。法律論では、『平和に対する罪』は、戦争が終わったときには存在していませんでした。法律学でいう事後法にあたります」

「裁判は多くの欠点を抱えています。一方、日本がアジアを侵略したことは事実です。日本はアジア諸国に膨大な被害を与えました。裁判に欠点があるからといって、日本の指導者がその責任を逃れられるわけではないのです」

−靖国参拝は、死者の追悼だという面もあります−
「死者を追悼しなければならないのは、その通りですが、なぜ靖国なのでしょうか。靖国は、第2次世界大戦を日本の立場から『聖戦』と正当化する歴史観と結びついています。

  そこへの参拝は単なる戦死者の追悼ではないと思います。靖国に参拝することで、追悼と政治がごちゃまぜになっているのです」

「歴史問題を政治化しているのは、首相の靖国参拝を批判する中国にも言えることです。中国が歴史問題を言い出したのは80代に入ってからでした。南京大虐殺の記念館ができたのもそのころです。日本の戦争責任を追及することは中国のナショナリズムの一部でもあります。日本を非難することで、中国共産党の過去に関心が向くことをそらす効果もあるでしょう。日中双方が、国内向けに戦争の記憶を使って、ナショナリズムのゲームをしているのです」
−ことが愛国心にからむだけに複雑です−

「私は二種類の愛国心があると思います。

ひとつは、正しかろうが、悪かろうが祖国を愛するという態度。自分の国がやることは何でも正しいという考えです。

もうひとつの愛国心は、自分の国をもっとよくしたいので、過去の失敗から学ぶという態度です。

より平和な世界を築いてゆくためには、後者が唯一の道だと思っています」


日本国の重要なページ  END

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